旅の途中



Small Change


『Small Change ~ Why business won't save the world』を読む。

a0158818_8154236.jpgNon-Profitでもビジネス分野でも話題になった『Philanthrocapitalism』(社会貢献する資本主義)を真っ向から批判する書。社会貢献分野でのビジネス手法への傾倒、IT業界を中心とした若き億万長者たちの社会貢献分野への進出が一大ブームになっている中、長く市民社会運動に関わってきた専門家の視点から警鐘を鳴らすもの。

伝統的な市民社会やNGOの活動を美化し過ぎている印象もあるが、マーケットを通じた社会問題の解決の問題点や限界の分析はとても鋭い。いくつか印象に残った点をメモ。

1.異なる解ではなく、異なる問いかけ
マーケットと市民社会は同じ問題に異なる解を提供しているのではなく、そもそも別の問いかけをしている。言いかえれば解決しようとしている問題が違う、という主張。例えば貧困の原因は何か?と考えた時に、マーケットベースのアプローチではこれをリソースの不足、と捉える。一方で著者によれば貧困の原因は「不足」ではなく「リソースの配分の不平等」であり、この不平等は人種、階級、ジェンダー等の社会におけるパワーバランスに起因する。そうなると、前者は貧困という問題に対して「如何にリソースを動員して不足を埋めるか?」と問いかけるのに対して、市民社会は「如何に不平等を生んでいる権力構造に変化を起こすか?」と問いかける。

世界の富の総量はどんどん増えているのに貧しい人の取り分は変わらない、というのはココに原因がある。食糧が足りないのではない。食糧を平等に分配するシステムとそれを作る政治力が足りない。ケニアの少数民族出身の友人キャロラインの話を思い出す。政治力が無い為に政府に働きかけることができず、両隣の村には届いている電気が彼女の村を素通りしている。Philanthrocapitalist的には問題は電気の「不足」。政府の提供する電気よりは高いとはいえ、貧困層が手の届く価格、今使っている有害なkeroseneオイルよりは健康面でも優れているソーラーランタンを売り込む、というのが一つのソリューションになるだろう。これは本当にベストな解なのか?

市民運動の文脈で言えば問題は電気の「不足」ではなく、少数民族に対する社会的・政治的差別。実際にキャロラインの村は他のマサイ族と協力して原住民保護運動を起こし、数年前にケニアの憲法に民族的マイノリティの権利を尊重する、という改定が加えられたとのこと。電気はまだだけど、この憲法改定を機に彼女の村にも水道が引かれることが決定したとか。政府の行動を根本から変えることで、電気、とか水道、とか一つ一つの問題に対処法的に当たるのではなく、問題の根っこにアプローチしようというのが市民運動の理念、と著者の主張。

BOPビジネスは本当に貧しい人には届かない。だから水や電気などの公共サービスでは政府や国際機関のコスト面でのサポートが必要、と思っていたけど、本当にそれがベスト?問いかけるべきは貧困層が払える値段かどうか、ではない。なぜ貧困層にサービスが届いていないのか、だ。ソリューションが間違っているのではなく、問いかけが間違っている。

"Philanthrocapitalismはマラリアを撃退するワクチンを作れるかもしれないが、このワクチンは恐れ、貧困、格差、腐敗、ガバナンスの欠如、疎外を解決することは出来ない"


2.Individual VS Collective
ビジネス手法を活かした貧困解決策は個人の力に着目したものが多く、集団的・協働的な行動を促さない。マイクロファイナンスをIndividualization of povertyと批判した論文があったけど、貧しい人一人一人が貧困から抜け出す力を持っている、とするのはどうなのよ?という主張。先に書いたように貧困は社会的格差や不公平に起因するのだから、より包括的、集団的な社会変革が必要、と。

"individual approach fails to recognize the power of collective action which can change the horizons of whole communities by implementing new laws and regulations, changing values and relationships, and cementing political coalitions and alliances from which everyone can benefit"

3. Accountability
開発学の文脈でも繰り返し登場するトピック、Accountability。非常に難しく曖昧で授業中の議論もいつも拡散、霧消する。何百億円という私財を途上国の開発プログラムに注ぎ込む超お金持ちたち、PhilanthrocapitalistsのAccountability(説明責任?)の欠如を指摘。確かにBill Gatesがアフリカの疫病対策の資金配分に大きな発言権を持っているってどうなんだ?という問いかけは的を射ている。

"Is it desirable that a foundation governed by a board of three family members is able to play such an influenced role, or to decide that health outranks global warming as the number one prioriy?"

とはいえ、市民社会や政府はAccountabilityがあるのか?というのも同時に疑問。あらゆるアクターに求められている課題だと思う。
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by nanacorico0706 | 2010-04-11 08:22 | 読書
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・
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