旅の途中



祈り

祈るという行為をこんなに真面目にしたのは何年前だったか記憶が無い。布団に入ると文字通り手を合わせて、どうか少しでも多くの命が救われますように、と祈った。

そして、同じように世界中何億という人がこの1週間祈ってくれていたんだと思う。地震直後から友人からひっきりなしにかかってくる電話、メール、Facebookへの書き込み。大学の友人だけでなくパキスタンのホームステイ先の家族、ケニアにいる友人、シンガポールの元取引先、数えきれない人が日本の為に祈ってる、とメッセージをくれた。素直に感動した。人間がこんなにもあったかいということを再認識して。

1万人を超えると言われる犠牲者、食糧の届かない避難所で息を引き取っていく人、命の危険を冒しながら原発で作業を続ける人、もう想像しただけで胸がつまるような本当に辛い現実の中で、日本にいる人が示した人間の底強さは鮮烈だった。世を徹して徒歩で家を目指す途中、ベビーカーに道を空ける人々。2日ぶりに救出されたおじいちゃんが言った「また再建しましょう」の一言。お菓子を我慢して募金するチビッ子。定年を直前に控えて原発の作業に志願する父親。決して美しいだけじゃないことは分かってるけど、日本が、日本人が好きだな、と思った。

こんな時になんで海外なんかにいるんだろう。節電も献血もボランティアにも行けない、家族の感じている恐怖や不安も共有できない。もどかしさ。出来ることはホントに限られているけど大学で募金活動を始める。ボストンの学生を中心にものすごい速さで緊急支援のための枠組みが出来上がってて、すごい、と感心した。誰もが、日本の為に出来ることをしたい、とこんなにも主体的な衝動に駆られているのは初めて見たような気がする。

奇しくも震災の直前に開かれたボーゲル会のテーマは「30年後の日本のあるべき姿」。海外から見られているような美しくて礼儀正しい国というイメージを維持したい。やっぱり経済力は維持したい。教育のレベルはもっと上げるべきだ。アメリカと中国との架け橋になるべきだ、というような意見が出た後、参加者最年少の学部生がコメントした。「ここにいらっしゃる皆さんは日本で政府や一流企業に勤めている経験も学もある方々だと思います。でも僕の両親は和歌山で生まれて、育って、働いて、結婚して、今も和歌山に住んでいる普通の人です。そういう普通の日本人が30年後の日本に望むことは「平和」だと思います。今日と変わらない明日が来る、と言う意味での平和だと思います」と。

その数日後、今日と変わらない明日が来る、という平和が壊されてしまった。昨日と全く違う3月11日を迎えて、でも、日本の「普通の人たち」は立派だった。なんか、立派、という言葉がぴったりだと思うのだ。国を引っ張る一握りの人と言うよりは一般の市民がとても立派な国だ。

ゆっくり咀嚼しようと思っていた30年後の日本の問いは中に浮いてしまった。今はまだ明日を生き抜く命を一つでも救うことを考えるしかない。でも明日が分からなくなった今こそ30年後の日本と日本人は大丈夫だ、という自信が芽生えたような気がする。普通の市民として、まずは焦らず驕らず淡々と出来ることをする。今日も極東の小さな島に向かって祈っています。
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by nanacorico0706 | 2011-03-19 10:39 | つれづれ
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・
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