旅の途中



Try again, fail again, fail better

ニューヨークへは何度も行ったがいつも用事を済ませてとんぼ帰りだったので帰国する前にどうしてもメトロポリタン美術館とMOMAだけはゆっくり見ておきたかった。何が目当てと言うわけでもなく、見とかなきゃ、という消極的な理由で行ったのだけど、思いがけず印象的な展示と出会ってしまったのだ。MOMAで。

しょっぱなに見たMOMAの特設展、Francis Alÿsという聞いたこともなかったアーティストの作品にすっかり魅せられてしまった。基本的には10分程度の映像作品が多く、何も残らないのに妙に残像が鮮明な気持ちの悪い作品ばかり。例えばSometimes Making Something Leads to Nothingという題の5分ほどの映像は、大きな氷の塊を一人の男が引きずり始めて、最後に溶けてなくなるまでひたすら街を歩きまわるというもの。そして最後にこのメッセージSometimes Making Something Leads to Nothing(時に何かを作るということは何物にもならない)。不条理だ。



他にもひたすらポットの水をコップに入れ続けているアニメーションとか、数頭の羊を一列に引き連れて広場の塔の周りをぐるぐると歩き続ける映像とか、淡々と何事かを行っているのだけど何にもなっていない、何も残らず、何も達成されない、そういうイメージばかりが続く。不条理である。

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私が一番好きだったのは赤のフォルクスワーゲンが寂れた町の小さな丘を登ろうとしてスピードを上げるのだけど必ず坂の頂きにさしかかったところで減速してまたバックで下がってきてしまうというもの。フォルクスワーゲンはめげずに何度も何度も登ろうとする。が、ダメだ。登りきろうというところで必ず止まってしまいずるずると元居た地点に降りてきてしまう。リハーサル、と名付けられたこの作品、バックに流れるメキシカンなバンドの演奏がこの行ったり来たりと連動していて、坂にさしかかって盛り上がるバンド、そこで誰かが失敗、またやり直し、という構成になっている。もうこれが長いのだ。延々とやる。同じ行ったり来たりを何度も。アップテンポなバンド演奏も手伝ってもはや映像はコミカルでさえある。見ている人からも笑いがもれる。が、殆どの人は最後まで何も起こらなそうだと悟ると途中で部屋を出ていく。だってつまんないもの。

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とっさに思い浮かんだのはカフカの『城』。城の測量の仕事をする為に招かれたはずの男がすぐ先に見えている城になかなか辿りつけない。なんだか意味の分からない出来ごとに巻き込まれたりしながら理由も分からないまま最後まで城に行きつかない、という話。最後まで読んだんだっけ?(確かに読んだはずなのだけど)って思い出せないぐらい最後までクライマックスの無い、ただただ不条理に目的を完結出来ないまま終わる物語。主人公の男もそんな異常事態になぜか淡々とした様子で、ゆるゆるとまだ城を目指していて、それがまた歯がゆいのだ。

赤いフォルクスワーゲンもそう。なんでダメなのよ、なんであとちょっとのところで落ちちゃうのよ、もー。みたいな。淡々と、何かに向かっているのだけどどこにも行きつけない。何事も達成されない。『城』を読んだ時のあの無に近い読後感。でも鮮やかにのこる気持ちの悪い、どこか現実味のない町の景色。残像。

フォルクスワーゲンの映像の部屋を出てふと作品の解説を見る。もう一度うなる。どうやら人間世界の不条理を見せただけではないみたい。

‘Politics of Rehearsal is a metaphor for Mexico’s ambiguous affair with modernity in which it is forever approaching and yet always delaying the moment of consummation. The video looks to the origins of the ‘development’ discourse (in United States presidents Harry Truman’s inaugural address of 1949) and its impact since. In his speech Truman insisted that it is the Unites States’ responsibility to share its technological knowledge with economically ‘underdeveloped’ nations ’

1949年のトルーマンのスピーチは開発を勉強している人にとって特別な意味を持つ。(と思う。)このスピーチが‘development’と言う言葉を国家の発展を意味する言葉として使われた最初だとされているから。戦後、米国という超大国が米国と比べて’underdeveloped’な国を「開発する」という他動詞的な語彙が誕生したというのはなんとも象徴的だと思う。まさかそのトルーマン演説にこんなところで出くわすとは!

赤のフォルクスワーゲンはFrancisが拠点を置いているメキシコ、先進国に近づきつつ、いつも一歩手前で阻まれる、遅れを取る、そんな途上国の状態を象徴するものだった。

だけど、この人、ただシニカルなだけではなさそう。たくさんの映像作品と共に展示されていたラフなスケッチや走り書きにも似たメモの中にこんなメッセージを見つけた。

“Social Delay”
One could reflect on the delaying effect of the idea of hope. Faith is a means by which one introduces resignation in the present, as an investment in the promise of abstract future. This, of course, is the catholic trap par excellence, but it is no less true of any other human anticipation. Any undertaking requires to a certain extent a postponement of both desire and reward.

展示の紹介文の末尾には劇作家サミュエル・ベケット(この人も不条理劇で有名だったとか?)の言葉が引用されていた。

Ever tried. Ever failed. No matter. Try again, fail again, fail better.

永遠に坂を登りきらない赤のフォルクスワーゲン、というメタファーは必ずしも永遠ではないかもしれない。Sometimes Making Something Leads to Nothing、それでも、坂を上り続ける。リハーサルは続く。失敗してももう一回やる。次はましな失敗をする。いつか登り切る、と小さく希望を持ち続けるから。
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by nanacorico0706 | 2011-06-02 06:24 | つれづれ
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・
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