旅の途中



脱消費社会を考える


2年間の留学生活から東京で会社員、に戻るにあたって一番怖かったことの一つが、ハイパー消費社会の渦にもう一度飛びこまなきゃいけないことだった。

オシャレなお店なんて皆無のアメリカ片田舎生活のお陰で私は2年間まともに洋服も買わず、化粧もせず、外食もせず、通学は毎日徒歩、スタバさえないのでコーヒー自分で入れて授業に持って行く、みたいな超低度消費社会に居た。自炊の為の食材ぐらいしか消費してないんだから。それでもなんの不満も無くむしろあー私こんなにシンプルな生活出来るんだ、となんとも等身大で気持ちのいい日々。

2年ぶりの帰国・・・既にどっぷり超高度消費社会の思惑にはまっている気がする。もともと一般的女子に比べると断然オシャレにかける投資は少ない。それでも帰ってきて3カ月でアメリカに居た2年分ぐらいの買い物は済ませた気がする・・・。東京の女の子たちが俄然カワイイこと、通勤するだけで素敵なお店が毎日目に入ること、人心掌握に長けた広告の数々・・・だから都会は嫌なのーっ。

フランスの社会学者ボードリヤールは「われわれはモノの時代に生きている。つまり、モノのリズムに合わせて、モノの絶えざる連続に従って生きているのだ。」と言った。東京での生活でいつも自分のペースがつかめないと感じていたのはまさに、モノのペースで生きてしまうからではないか。

私は10年かけて自分の消費スタイルを変えていかなきゃいけないと思っている。既製服にまつわる途上国の低賃金労働の現実や、大量生産・大量廃棄がどれだけ環境に負荷をかけているかを勉強してきたのだ。ちゃんと罪悪感無く自分の身の回りのモノの面倒をみることは私が自分に課すべき責任。

そんななかで最近注目なのはシェアリングエコノミー、コラボレーティブ・コンサンプションなど、所有からシェアへの価値観の転換。これまでの消費システムを根幹から揺るがすパラダイムシフトが起きつつあると言われている。本当か?

個人的にも興味があって色々と調べてきたけど自分自身何かこういった新しい動き、試したことは無かった。ということで、Swapping=物々交換サイトに参加してみたのです。いらなくなったものを捨てるのではなく、売って現金化するのでもなく、誰かが手放したいと思っているものと交換しよう、ということ。ゴミを出さないという意味でエコであり、大切にしてきたモノが人から人へ社会の中で循環していくというコレクティブな側面もある。

参加することで何か価値観の変化があるのでは、と期待をしてました。が、個人的には全く無かった。

気づき1:物々交換も限りない物欲を刺激する今までの消費システムと同じ

サイトの動向が気になっちゃってなんか交換しなきゃ、みたいな焦燥感も煽られたりして物欲は拡大傾向・・・。交換リストにシャネルのバッグとかずらーっと並んでいてげんなりしたり。ブランドものがたくさん出品されていることはサイトが継続的に運営されるためには非常に重要なのだろう。結局のところそういう商品に最も需要があるのだから。消費者はお堅いお説教を聞くこと無く今まで通りシャネルに有りつきながら実はエコが実現出来ている、みたいな。罪悪感や自己犠牲の感覚を味わうことなく、自己利益の追求の過程で知らず知らず行動が変容してしまう、というのが普通の人を大きなムーブメントに巻き込む秘訣なのだとも言われる。

ただ、社会を変えることは突き詰めると人々の世界観を変えることだと思う。世界観を変えずに行動変容を求めてもやはり根本的なシステム変革は起きないのではないだろうか。コーズリレーテッドマーケティング全盛の今、楽しくなければ一般の人の関心を引き、巻き込み、広がっていく大きな活動にはならないのだ!という主張はもちろん正しい。だけど、臭いものにふたをし過ぎて本質的な変化を阻害しているとしたら本末転倒だ。少しでも臭い物の存在に気づき、考える仕掛けがなきゃいけないのだろう。ヴィトンのバッグに目がくらむ前に一瞬立ち止まって自分の消費行動の社会や地球への影響について思いをめぐらすような仕掛けを。

気づき2.コレクティブ消費ではない

コレクティブ感なかったなー。交換する人とネット上での会話は多少あるものの、事務的。いらないものを淡々と処理する感じ。「海外ブランドもの以外は交換しません」なんて条件付けている人もいたりして無機質な等価交換のルールが出来ていたりもする。交換詐欺なんて悪質なものもあるんだって。極めつけは私のもとに届いた交換商品がボロボロだったこと・・・とても使えません、ってぐらい。処分しながらなんとも悲しい気持ちに。

再びボードリヤール。「消費者たる限りでは、人は再び孤立し、バラバラに細胞化し、せいぜいお互いに無関心な群衆となるだけである。・・・消費はまず個人的対話として演じられ、個人的満足や失望とともにこのような最小限の交換の中に姿を消してしまう。消費の対象はひとを孤立させる。」

Sharing Economyのキモであるシェアの要素はそこには無い。モノを得たことの満足や失望という個人的な一瞬の感情の動きがあってその後に何も残らないという意味で普通の消費となんら変わらない。

ひとまずサイトの方は脱退。来週はアメリカ式Clothing Swapのイベントに参加してみることにした。もともとSustainabilityの意識の高い美容院が主催だとか。素敵な出会いがあるといいな、と思っている。

消費行動を変える自分実験進行中・・・
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by nanacorico0706 | 2011-11-19 14:38 | つれづれ
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・
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