旅の途中



寄付と遊びの関係


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日本で寄付文化を醸成する、という壮大なミッションを投げかけられている。

日本のトップクリエイターと呼ばれるような人でも頭を抱えるわけで、彼が先日ブレストの席で「やはり恐怖訴求しかないだろうな・・・それが一番リアルだから」とぽつりとつぶやいた。のにはがっかりした。
大きな目から一粒の涙がこぼれ落ちるアフリカの子供の写真でしか日本の寄付文化は育たないのだろうか。
憐みや恐怖や悲しみや同情でしか人間は寄付をしないのだろうか。
だとすると、社会を動かす動力としての寄付がますます必要とされているこれからの世界は憐みや恐怖や悲しみや同情の感情で埋め尽くされてしまう。
そんなのは嫌だ。

寄付は遊びであり、快楽であり、未来の自己資産である。
そう考えられないだろうか。
そうでなければ続かない。
憐れみを原動力にして動く社会なんて嫌だ。

広井良典さんの『創造的福祉社会』に希望を見出した。
チンパンジーやゴリラなど原始人類に見られる食糧の「分配行動」は飢えた人々を生き残らせる為に行われたのではなく、食糧を分配することが仲間同士の親睦を深め、より自由度の高い社会交渉を発現させ、多様な協力体制を作り上げる役割を果たしたから、らしい。
どうも類人猿にとって分配行動は遊びと似た性格を持ち、感情の「快」の部分を刺激していた、らしい。
恵まれない境遇に置かれた他人の為に寄付をするということが倫理や道徳でも、社会規範でもなく、遊びであり、楽しみであり、快いことだと言う感覚。
これが実はもともと人間にインストールされているのではないか、ということ。

私はここに大いに期待したい。
慈善もチャリティも、もっとポップに楽しく訴求したらいいのではないか。
世界の貧困の現状や原因不明の病気や障害を持つ子供の実情をより多くの方に知って頂くことももちろん重要だ。
でも、ひたすらその苦しい現実を伝えることが人々のサポートを引き出すことに繋がるわけではない。
寄付すること、与えること、が遊びであり、自分を取り巻く社会環境をより豊かにする為の快い行為だと思ってもらえないか。
手放す少しのおカネが巡り巡っていつか自分や自分のこどもに帰って来るんだと言うことを感じてもらえないか。
そんな仕掛け作りが出来ないだろうか。

ゲーム、ネットアイドル、ファッション、アニメ、ニコ動。
タブーも気にせず、色々チャレンジしたい。
これは、NPOの活動資金を増やす、とかそういう業界特有の問題ではないのだ。
これからの日本を考える上で私たちにどうしても必要とされている価値の転換についての話なのだと思う。
近い将来必ず税金では社会を支え切れなくなるのだから。

写真は今年のカンヌを総なめにしたDAMB WAYS TO DIEというソーシャルマーケティングのキャンペーン
恐怖訴求ではなくコミカルなストーリーで鉄道事故の減少に貢献した。
こういう仕事が楽しい寄付体験を生みだす為にも求められているのだと思う。
ああ、私たちの提案ではまだトップクリエイター達を説得出来ていない・・・・
類人猿の時代から続く遊びと快楽の力を信じたい。
寄付はもっともっと楽しくてかっこよくなれる。
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by nanacorico0706 | 2013-09-01 23:37 | おしごと
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・
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