旅の途中



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石巻ボランティア

3月11日、映画のワンシーンのような津波が街を飲みこむ映像を前にただ呆然とすることしか出来なかった。私はアメリカにいて、東京にいた人が体験していたような非常事態も共有出来なかったことに漠とした罪悪感を抱きながら、毎日日本からの情報に涙することしか出来なかった。あまりにも悲しい現実に触れた涙と、そこに垣間見えた人間の強さや偉大さ、そういったものに対する涙。

あの日から数週間、被災した人の悲しみに心を重ねて、日本中が「何か私に出来ることはないか?」と問うたのではないだろうか。すぐにでも現地に飛び込んで何かしたい、というたくさんの人の想いに対し、阪神大震災の教訓もあって、「素人の人は機が来るまで待ちましょうね、今は医療関係者や自衛隊の方に頑張ってもらう時期です」、といった賢明なメッセージが寄せられていた。私も、「今は何も出来ないけど、機が来たら、必ずなんらかの形でお手伝いをしよう」、とその時決めたのだ。

4カ月経って帰国。東京の様子はすっかり日常を取り戻している。原発の問題や復興の様子が報道されることはあってもあの時のように日本中が被災地に想いを届けているような切迫感は無い。当たり前だけど、だんだんと関心は薄れていくもの。私だってそう。震災直後に大学で募金活動を始めた時の熱量はもう無い。

それでも、現地にボランティアに行こう、と決めたのは、自分との約束を守ろう、という一心だったと思う。恥ずかしいことかもしれないけど、行くぞ!という強い想いに従ったというよりは被災地のことを忘れかけていく自分に鞭を振りたかった。あんなに現地に行きたいと思っていた気持ちを失くしかけている自分がイヤだった。行きたい、というよりは行くって決めたのだから行くのだ、という決意だったと思う。弱い自分だ。

3日間、宮城県の石巻で民家の床下のへどろをひたすら掻き出す、という作業。たったの3日だったけれど、行って良かったと心から思う。「本当に助かります」と言って下さった、それだけだ。無口なおじいちゃんが作業を終えて最後にボランティア一人一人に握手を求めてお礼を言ってくれた、その握った手の感触、それだけ。それだけで、本当に行って良かったと思う。5人、10人が一日かがりで一軒、といった小さな歩みだけど、私のような素人の出番が今、来ているのだと感じる。

たったの3日間の滞在で、数人の方と少しお話をしただけではどのように受け止められているかを声高に語ることが憚られる。ただ、たくさんの方が現地に行くことに意義があるとすれば、行った人たちが現地のことを「忘れない」ということじゃないだろうか。「忘れないこと」というのは震災直後ブログやTwitterで繰り返し語られていたことだと思う。私たち被災していない者に出来る最大の支援は忘れないことです、というメッセージ。あの日のことを自分のこととして考え続けることが寄付とかボランティアとか小さな行動に繋がるし、関心が集まり続けていることが国としての復興活動にも影響する。一人一人が思い続け、気持ちを送り続けるという静かな波が現地の復興を支えていく大きなうねりに重なっていくのだと思う。

短い間でも現地にボランティアに行くということ、物理的にそこに身を置いたということ、テレビの映像ではなく、生身の人間と対峙したということ、彼らの笑顔、握手した感触、そういう感覚は強烈だ。物理的にそこに居た、という事実は当事者意識を生む。「知る」ことではなく「感じる」ことのインパクトは大きい。それが忘れないこと、に繋がるのではないかと思う。

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こういう特別な経験をすると人間は「何を学んだか」ということを整理しようとしたりするもの。修学旅行の感想文とか昔はすごくうまかった気がするのだけど、最近めっきりダメだ。こうも思う、こうかもしれない、と思いを巡らす帰りのバスで、どれも誰かが言っていたことの受け売りにしか感じられなかった。結局、誰かに伝えたくなるようなもっともらしい学びには至らず。でも仕方がない。これが私のスピードだし、このモヤモヤが正直なところなのだ。分かった気になるよりは考え続けたほうがいい。抒情はいつも遅れてくる客観視の中にある。

結局最後に至った想いが「忘れないこと」だった。正確に言えば、人間は忘れる生き物だから、私はすぐに忘れる弱い人間だから、忘れない、と心に決めることだ。「妻と2歳の孫と三人で仮設住宅におります」と言ったおじいちゃんに2歳の赤ちゃんの両親はどうしたのかを聞けなかった、あの時のあのおじいちゃんの表情を、握った手の強さや差し入れしてくれたアイスの味やそういう記憶をちゃんと刻み込んで、関わった者としての責任を感じること。勝手に責任を取ろうと努力すること。どんなに小さな行動でもそれを自分の責任として軽やかに背負って歩けるように。無力な私に出来ること。今日も想っています。
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by nanacorico0706 | 2011-07-27 23:51 | つれづれ

29


誕生日から既に3週間が経過しましたが、20代最後の歳を迎えて、抱負。

愛すること。照。

いや、恋愛とかそういうことではなく(そっちも頑張らなきゃいけないけど)、お世話になっている人、友人、家族、自分自身、隣のおばちゃん、コンビニの店員さん、まだ会ったことのないたくさんの人を愛するということ。それから、仕事、家事、駅までの道、満員電車、寝苦しい熱帯夜も愛するということ。

ある人がある本で「理性の愛」というものを語っていた。感情ではついていかなくても人間としてやるべきことなら理性によって愛し続けることが必要、と。

愛情って「情」がつくぐらいだしもっとほわんとしてあったかい、自然発生的なものというイメージがあったのだけど、愛って実は決意や覚悟に近いのじゃないかと最近思っている。自然に発する愛情が先にあったとせよ、それを持続する為には愛し続ける、という決意と継続する忍耐力や強さが必要なのだと。

だから、好きだなーとか嫌いだなーとか感じることに身を任せるのではなく、愛することに努める人間でありたい。理解できない、と閉じずに、理解してみよう、と努める。今日会う人に何か私が出来ることはなかったか、と意識してその人と向き合いたい。今日接した全ての人に自分が笑顔で、真摯に、誠実に接していたかを問いたい。

あっちに行くかこっちに行くか、進路の相談に行った時ある教授が「どちらの道を選んでも最終的にはその決断を正しいものにするまで努力し続ければいいのよ。」と言ってくれた。どんな仕事どんな雑事も本当に愛情をもって取組まない限り本質に辿りつけないと思う。その愛情は「好き!」みたいなふわっとした感情ではなく、愛情をもってやるんだという決意であり、覚悟であり、信念であると思う。

20代、自分の好きなことをやって色んなところをフラフラしてきた気がする。東南アジアの田舎を旅したり、商社で飲んだくれたり、金融資本主義の権化みたいな世界で仕事したり、留学したり、NGOで働いてみたり。ある意味、「好き!」「嫌い!」に素直に反応して行動した20代だったのだと思う。親戚には「七ちゃんは糸の切れた凧状態だからね~」と言われてグサリときたこともあった。

30代は糸をつなげたいと思う。糸の切れた凧として経験してきたたくさんのコトをどうにか地上に結び付けたい。その為には、愛することが必要なのではないかと思うのだ。自分の感情に素直になるだけではなく、他人の感情にもっと耳を澄ませたい。何がしたいかだけでなく、私にどんな貢献が出来るかを考えたい。あと1年、どんな場所にどんな具合で凧が着地するか・・・自分でも楽しみな誕生日なのでした。

愛の無い行動をとっていたらどうか注意して下さいね。よし、頑張る。
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by nanacorico0706 | 2011-07-25 14:23 | つれづれ

刺激的な


クローズドな集まりだったので実名は出さないでおこうと思うのですが、すごい刺激的な方に先日お会いしたので備忘の為に会話の端々をメモ・・・

「色々なベンチャーの立上げに関わってきたけどメディア系の面白いベンチャーは結局上場すると腐ってしまう。最終的にモノポリストになるだけだ。長期と短期を両方出来る場が必要」

「あるカンファレンスでは一人一人の参加者に学生のバディが付いて空港からホテルまでの送り迎え、当日の身の回りの世話もしてくれる。そのバディの人選が結構にくくて、参加者の偉い人が気に入りそうな学生を、学生が興味を持ちそうな参加者をマッチングしてくれる。数日間一緒に過ごしてなんか立ち上げよっか?って話になることも。こういうセレンディピティが生まれそうな企画って楽しい。」

「経済学者がなんでもマーケットを使って説明するように(例えば彼らは自殺も経済的に説明しちゃうよね)、デザイナーがあらゆる現象をデザインの枠組で捉えるように、メディア論、というものがあってしかるべきだと思っている。」

「ソーシャルビジネス、組織化しちゃダメなんじゃないかと思う。ファイナンスでも無い。もっとインフォーマルに。誰がやるかもすごく大事。」

「スポンサーとかおカネを出す人を探すときは、イメージとしてご飯食べながらなんか面白いアイディアについてワクワク話している2人がいて、たまたま片方が金持ちだからお金だそうか、というのが理想。お金出すんだからこういうのやってよ、みたいな力関係になるとうまくいかない」

文脈は自分が関わろうとしている世界と必ずしもドンピシャじゃないのだけど勝手にすごく刺さる視点が多かったのだ。どんな「仕組」とか「システム」がいいのか?と考える癖があるのだけど、もっと人と人なんだな、と。もっとセレンディピティであり、もっと居酒屋での会話であり、もっとぐちゃぐちゃで体系立ってないものなんだ、と。

あと同じ人があるインタビューで言っていた「新聞程度の知識を広く知っていることをもってジェネラリストと思ってはいけない。」と言っていたのがグサリ。当たり前の原点は広く心は開けて深く深く自分の頭で考えることだ。頑張ろう。
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by nanacorico0706 | 2011-06-11 05:04 | つれづれ

Try again, fail again, fail better

ニューヨークへは何度も行ったがいつも用事を済ませてとんぼ帰りだったので帰国する前にどうしてもメトロポリタン美術館とMOMAだけはゆっくり見ておきたかった。何が目当てと言うわけでもなく、見とかなきゃ、という消極的な理由で行ったのだけど、思いがけず印象的な展示と出会ってしまったのだ。MOMAで。

しょっぱなに見たMOMAの特設展、Francis Alÿsという聞いたこともなかったアーティストの作品にすっかり魅せられてしまった。基本的には10分程度の映像作品が多く、何も残らないのに妙に残像が鮮明な気持ちの悪い作品ばかり。例えばSometimes Making Something Leads to Nothingという題の5分ほどの映像は、大きな氷の塊を一人の男が引きずり始めて、最後に溶けてなくなるまでひたすら街を歩きまわるというもの。そして最後にこのメッセージSometimes Making Something Leads to Nothing(時に何かを作るということは何物にもならない)。不条理だ。



他にもひたすらポットの水をコップに入れ続けているアニメーションとか、数頭の羊を一列に引き連れて広場の塔の周りをぐるぐると歩き続ける映像とか、淡々と何事かを行っているのだけど何にもなっていない、何も残らず、何も達成されない、そういうイメージばかりが続く。不条理である。

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私が一番好きだったのは赤のフォルクスワーゲンが寂れた町の小さな丘を登ろうとしてスピードを上げるのだけど必ず坂の頂きにさしかかったところで減速してまたバックで下がってきてしまうというもの。フォルクスワーゲンはめげずに何度も何度も登ろうとする。が、ダメだ。登りきろうというところで必ず止まってしまいずるずると元居た地点に降りてきてしまう。リハーサル、と名付けられたこの作品、バックに流れるメキシカンなバンドの演奏がこの行ったり来たりと連動していて、坂にさしかかって盛り上がるバンド、そこで誰かが失敗、またやり直し、という構成になっている。もうこれが長いのだ。延々とやる。同じ行ったり来たりを何度も。アップテンポなバンド演奏も手伝ってもはや映像はコミカルでさえある。見ている人からも笑いがもれる。が、殆どの人は最後まで何も起こらなそうだと悟ると途中で部屋を出ていく。だってつまんないもの。

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とっさに思い浮かんだのはカフカの『城』。城の測量の仕事をする為に招かれたはずの男がすぐ先に見えている城になかなか辿りつけない。なんだか意味の分からない出来ごとに巻き込まれたりしながら理由も分からないまま最後まで城に行きつかない、という話。最後まで読んだんだっけ?(確かに読んだはずなのだけど)って思い出せないぐらい最後までクライマックスの無い、ただただ不条理に目的を完結出来ないまま終わる物語。主人公の男もそんな異常事態になぜか淡々とした様子で、ゆるゆるとまだ城を目指していて、それがまた歯がゆいのだ。

赤いフォルクスワーゲンもそう。なんでダメなのよ、なんであとちょっとのところで落ちちゃうのよ、もー。みたいな。淡々と、何かに向かっているのだけどどこにも行きつけない。何事も達成されない。『城』を読んだ時のあの無に近い読後感。でも鮮やかにのこる気持ちの悪い、どこか現実味のない町の景色。残像。

フォルクスワーゲンの映像の部屋を出てふと作品の解説を見る。もう一度うなる。どうやら人間世界の不条理を見せただけではないみたい。

‘Politics of Rehearsal is a metaphor for Mexico’s ambiguous affair with modernity in which it is forever approaching and yet always delaying the moment of consummation. The video looks to the origins of the ‘development’ discourse (in United States presidents Harry Truman’s inaugural address of 1949) and its impact since. In his speech Truman insisted that it is the Unites States’ responsibility to share its technological knowledge with economically ‘underdeveloped’ nations ’

1949年のトルーマンのスピーチは開発を勉強している人にとって特別な意味を持つ。(と思う。)このスピーチが‘development’と言う言葉を国家の発展を意味する言葉として使われた最初だとされているから。戦後、米国という超大国が米国と比べて’underdeveloped’な国を「開発する」という他動詞的な語彙が誕生したというのはなんとも象徴的だと思う。まさかそのトルーマン演説にこんなところで出くわすとは!

赤のフォルクスワーゲンはFrancisが拠点を置いているメキシコ、先進国に近づきつつ、いつも一歩手前で阻まれる、遅れを取る、そんな途上国の状態を象徴するものだった。

だけど、この人、ただシニカルなだけではなさそう。たくさんの映像作品と共に展示されていたラフなスケッチや走り書きにも似たメモの中にこんなメッセージを見つけた。

“Social Delay”
One could reflect on the delaying effect of the idea of hope. Faith is a means by which one introduces resignation in the present, as an investment in the promise of abstract future. This, of course, is the catholic trap par excellence, but it is no less true of any other human anticipation. Any undertaking requires to a certain extent a postponement of both desire and reward.

展示の紹介文の末尾には劇作家サミュエル・ベケット(この人も不条理劇で有名だったとか?)の言葉が引用されていた。

Ever tried. Ever failed. No matter. Try again, fail again, fail better.

永遠に坂を登りきらない赤のフォルクスワーゲン、というメタファーは必ずしも永遠ではないかもしれない。Sometimes Making Something Leads to Nothing、それでも、坂を上り続ける。リハーサルは続く。失敗してももう一回やる。次はましな失敗をする。いつか登り切る、と小さく希望を持ち続けるから。
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by nanacorico0706 | 2011-06-02 06:24 | つれづれ

卒業しちゃった


卒業の5月はつくづく人とのご縁に感謝の1カ月。

パキスタンでお世話になったあったかいホストファミリーとの再会。
大好きな担当教授と名残惜しい最後のディスカッション。
パキスタンでのインターン仲間3人娘で将来を語り合う再会。
学校の仲良しグループで笑と涙の定例パーティー最終回。
商社時代の同期とボストン同期会。
いつも下ネタばっかり言って爆笑してたルームメートと涙のお別れ。
両親が卒業式の為に35年ぶりの渡米。

人生の価値は感動の量で決まると誰かが言っていた。私にとって感動は人との出会いで決まるような気がしている。これまでの人生で私と向き合ってくれた一人一人の人が私を作ってきてくれたと思う。これからの人生も、偶然に同じ時間と空間を共有するたくさんの人が私の人生そのものなのだと思う。

たくさんの素敵な出会いに感謝。そして再びめぐり会うことがあるから年を取るのは楽しい。再会を楽しみに、卒業、ありがとう。

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by nanacorico0706 | 2011-05-30 03:17 | つれづれ

それでもなお

この数週間すごい頻度で飛び交っている東北支援のメールの一端にこんなものを見つけた。

●逆説の十ヶ条●

1 人は不合理で、わからず屋で、わがままな存在だ。
  それでもなお、人を愛しなさい。

2 何か良いことをすれば、
  隠された利己的な動機があるはずだと人に責められるだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

3 成功すれば、うその友だちと本物の敵を得ることになる。
  それでもなお、成功しなさい。

4 今日の善行は明日になれば忘れられてしまうだろう。
  それでもなお、良いことをしなさい。

5 正直で率直なあり方はあなたを無防備にするだろう。
  それでもなお、正直で率直なあなたでいなさい。

6 最大の考えをもった最も大きな男女は、
  最小の心をもった最も小さな男女によって撃ち落されるかもしれない。
  それでもなお、大きな考えをもちなさい。

7 人は弱者をひいきにはするが、勝者の後にしかついていない。
  それでもなお、弱者のために戦いなさい。

8 何年もかけて築いたものが一夜にして崩れ去るかもしれない。
  それでもなお、築きあげなさい。

9 人が本当に助けを必要としていても、
  実際に助けの手を差し伸べると攻撃されるかもしれない。
  それでもなお、人を助けなさい。

10 世界のために最善を尽くしても、
   その見返りにひどい仕打ちを受けるかもしれない。
   それでもなお、世界のために最善を尽くしなさい。

ケント・キースさんと言う方の言葉で、マザーテレサもしばしば引用しておられたとのこと。3月11日以降を振り返るとこの10カ条のどれか一つでも心の琴線に触れる人が多いのではないかと思う。この震災にどういう形で、どういう距離感で、どんな立場にいて立ち向かっていたとしても。

卒業を2カ月後に控えた今、この「それでもなお」の精神をちゃんと心に刻もうと自分に強く言い聞かせている。大学院で過ごした2年間は「何が正しいか、何をすべきか」をひたすら考え、議論する時間だった。ここから先は現実の世界でそれを形にしなければならない。おそらく、これが現実ですよね・・・とげんなりしたり、ちくしょー、となったり、そんなことの繰り返しだと思う。なんかもう誰が悪いとか正しいとかじゃなく社会という壮大で複雑に絡み合った不条理の鉄壁に耐えがたい無力感を感じたりもするだろう。そういう時にちゃんと「それでもなお」と思えるような心持でいたい。心持でいて下さい、私。

会社を辞めて留学しようと決意した時は学びたい欲求から大学院に来たわけではなかった。開発の世界ですぐにでも実務に関わりたいけど知識も経験も無いし、まずは大学院行くしかない、みたいなある意味戦略的な理由で留学を決めた。大学院という二年間を通り抜けると、私の外側に知識やスキルがくっついて途上国で問題を解決する専門家が仕上がる、みたいな。だけど、結果的にはこの2年間学ぶことを大いに楽しんだ。スキルの習得よりも哲学した。外側じゃなくて内側に色々くっついた。本当に本当に有益で貴重で忘れられない経験になった。授業に出ながら胸が熱くなったり鳥肌が立ったり、なんてなかなかあることじゃない。成長した、という感覚じゃない。どちらかというともっと揺らいでしまったかも。でもそれでいい。

結局私は「開発」を仕事にしたいわけではないという想いに至った。今更、恥ずかしながら。というかそんな職業はないのだろう。人々が幸せである。社会が公平である。そういう大きなビジョンに向かって、小さな一つのピースを押したり引いたり叩いたり撫でてみたり壊したり作りなおしてみたりそういうことをする。失敗したり無駄だとおもったりすることが有っても「それでもなお」と思って小さな一つのピースに明日もまた向き合う。もう一度押してみる、引いてみる。諦めずに、失望せずに続けることだと思う。

「それでもなお」のフレーズですぐにピンと来たのがマックス・ウェーバーの『職業としての政治』の最後の一節。

「もしこの世の中で不可能ごとを目指して粘り強くアタックしないようでは、およそ可能なことの達成も覚束ないというのは、全く正しく、あらゆる歴史上の経験がこれを証明している。(中略)人はどんな希望の挫折にもめげない堅い意志でいますぐ武装する必要がある。そうでないと、いま、可能なことの貫徹もできないであろう。自分が世間に対して捧げようとするものに比べて、現実の世の中が―自分の立場から見て―どんなに愚かであり卑俗であっても、断じて挫けない人間。どんな事態に直面しても『それにもかかわらず!』と言い切る自信のある人間。そういう人間だけが政治への天職を持つ。」

いや、政治家になりたいわけでは全くないのですが、政治学を勉強していた20歳の私がいたく感銘を受けて力いっぱい線を引いた岩波の文庫本の最後の一節が今でもまだ私を引きつけることがなんだか情けないような嬉しいような。

あと2カ月。新しいスタートがどこで、どんな形になろうとも、ちゃんとこの覚悟を忘れない。転んでも傷ついても、歩みを止めないこと。頑張れ、私。
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by nanacorico0706 | 2011-04-02 01:36 | つれづれ

祈り

祈るという行為をこんなに真面目にしたのは何年前だったか記憶が無い。布団に入ると文字通り手を合わせて、どうか少しでも多くの命が救われますように、と祈った。

そして、同じように世界中何億という人がこの1週間祈ってくれていたんだと思う。地震直後から友人からひっきりなしにかかってくる電話、メール、Facebookへの書き込み。大学の友人だけでなくパキスタンのホームステイ先の家族、ケニアにいる友人、シンガポールの元取引先、数えきれない人が日本の為に祈ってる、とメッセージをくれた。素直に感動した。人間がこんなにもあったかいということを再認識して。

1万人を超えると言われる犠牲者、食糧の届かない避難所で息を引き取っていく人、命の危険を冒しながら原発で作業を続ける人、もう想像しただけで胸がつまるような本当に辛い現実の中で、日本にいる人が示した人間の底強さは鮮烈だった。世を徹して徒歩で家を目指す途中、ベビーカーに道を空ける人々。2日ぶりに救出されたおじいちゃんが言った「また再建しましょう」の一言。お菓子を我慢して募金するチビッ子。定年を直前に控えて原発の作業に志願する父親。決して美しいだけじゃないことは分かってるけど、日本が、日本人が好きだな、と思った。

こんな時になんで海外なんかにいるんだろう。節電も献血もボランティアにも行けない、家族の感じている恐怖や不安も共有できない。もどかしさ。出来ることはホントに限られているけど大学で募金活動を始める。ボストンの学生を中心にものすごい速さで緊急支援のための枠組みが出来上がってて、すごい、と感心した。誰もが、日本の為に出来ることをしたい、とこんなにも主体的な衝動に駆られているのは初めて見たような気がする。

奇しくも震災の直前に開かれたボーゲル会のテーマは「30年後の日本のあるべき姿」。海外から見られているような美しくて礼儀正しい国というイメージを維持したい。やっぱり経済力は維持したい。教育のレベルはもっと上げるべきだ。アメリカと中国との架け橋になるべきだ、というような意見が出た後、参加者最年少の学部生がコメントした。「ここにいらっしゃる皆さんは日本で政府や一流企業に勤めている経験も学もある方々だと思います。でも僕の両親は和歌山で生まれて、育って、働いて、結婚して、今も和歌山に住んでいる普通の人です。そういう普通の日本人が30年後の日本に望むことは「平和」だと思います。今日と変わらない明日が来る、と言う意味での平和だと思います」と。

その数日後、今日と変わらない明日が来る、という平和が壊されてしまった。昨日と全く違う3月11日を迎えて、でも、日本の「普通の人たち」は立派だった。なんか、立派、という言葉がぴったりだと思うのだ。国を引っ張る一握りの人と言うよりは一般の市民がとても立派な国だ。

ゆっくり咀嚼しようと思っていた30年後の日本の問いは中に浮いてしまった。今はまだ明日を生き抜く命を一つでも救うことを考えるしかない。でも明日が分からなくなった今こそ30年後の日本と日本人は大丈夫だ、という自信が芽生えたような気がする。普通の市民として、まずは焦らず驕らず淡々と出来ることをする。今日も極東の小さな島に向かって祈っています。
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by nanacorico0706 | 2011-03-19 10:39 | つれづれ

21世紀の共同体


むかしの日本にあったような伝統的な共同体はもう二度と戻らないんだよ。

と、先日友人と話していた時に言われてはっとした。彼はアートを通してコミュニティを活性化させたいという想いを持って仕事をしていて、何やら「コミュニティ」なるものについて語り合っていたのだ。が、途中で2人が持ってる「コミュニティ」のイメージがズレていることに気づく。そして彼の上の一言。伝統社会に基づいたコミュニティを復活させることはもう出来ない。全く新しいカタチのコミュニティを創り出していかなきゃダメなんだ。と。

私は未だに、高度消費社会を経て人間は伝統的な共同体の価値に円を描くように戻っていくのではないか、そうなるべきなのではないか、という固定観念がどこかにこびりついているのだと思う。

彼の言葉がストン、と落ちた。そりゃそうですよね。

大学院に来てから、昔の人間社会はなんてステキだったんだろーみたいな態度に傾いていたんだと思う。文化人類学の議論に触れることが多く、贈与と返礼に基づいた共存社会に対する美しい幻想がしみこんでいった。でも、前近代の社会のカタチをひも解くことの目的は、歴史を後退してそこに「戻る」ことを意味するのではない。私たちが常識だと思っている今の社会のカタチを疑い、一度その常識を壊し、またそこから新たに創り上げていくことが本来。

規範やモラルに基づいた伝統社会か、理性と利害に基づいた近代社会か、という二者択一ではないところに答えを見出そうとするダイナミックな思考態度が本当は必要とされているのだと思う。

新古典派経済学の始祖とも言われるマーシャルは近代社会の特徴は競争ではなくAssociation(協働・提携)にある、と言っていた。このAssociationは伝統社会における慣習に基づくものではなく、自由な個人が思慮深い協議に基づいて創り上げるものだ、と。市場と法律を軸に個人が自己利益を追求する競争社会でも、慣習と権威が個を支配する伝統社会でもなく、倫理と対話が支える協調社会のカタチを作っていくべきだ、というのが彼の主張だったのだと思う。

マーシャルの理念と通じる考え方をつい先日たまたま読み返していたボルスタインの『How to Change the World』に見つけた。ガンディーに強く影響を受けたらしいアショカの創設者ビル・ドレイトン曰く、「Gandhi’s greatest insight was recognizing early in the twentieth century that a new type of ethics was emerging in the world – an ethics grounded not in rules, but in empathy.」

ガンディーが夢見た「共感」に基づく21世紀の社会のカタチってどうあるべきか、を考えなきゃいけないんだと思う。社会のカタチを作るのは人々の価値観であり、人々の価値観を形成するのは社会のカタチでもある。

コミュニティについて語ってくれた友人のように、小さく、でも必死で行動している人がいる。大きな変化はいつも辺境からやってくる。早く走りだしたい。
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by nanacorico0706 | 2011-01-30 12:22 | つれづれ

明けましておめでとうございます


と言うにはもはや遅すぎる感もありますが・・・
そして今更2010年を振り返ってみたりする印象に残った出来事ランキング。

1位はやはりアキュメンファンドパキスタンでのインターン。
これがきっかけでBOP、ソーシャルビジネス、CSR....などなどの広ーい興味分野から社会的投資、というテーマに修論のトピックを絞り込めた。3カ月の滞在中、充実!というよりはむしろモヤモヤしてウズウズしてグルグルになって実は消化不良で帰ってきたことが深く考えるきっかけにもなったように思う。今思えばあれで良かったのだ。

2位は出会いと別れ。10月、大事な人との別れがあって、糸の切れた凧のようになった。どこへでも行けるという軽さと、地面につながった確かなものが無い危うさと、両方受け止めてもっと強くしなやかになろうと思った。不思議なもので別れというのはいつも出会いを一緒に連れてくる。たくさんのステキな出会いに感謝。

3位は経済地理学の授業。
授業の内容も他の学生(みんな博士課程)のレベルも格段に高くて正直すっごくキツかった。けど、めちゃくちゃ楽しかった。毎週500ページぐらいのリーディングがもうすごく面白くて。貧困の問題と向き合った時に自分はやはり経済的な意味での貧困に興味があるのだということ、経済が社会において持つ意味、人間の幸福において持つ意味、に興味があるのだということ、を改めて気付かせてくれ、深く考えさせてくれた授業だった。

2011年はいよいよ卒業!就職!信じられない・・・
一体どこで何をしているのだろうか。自分に正直でありたいと思う。人にどう思われるか、を気にしてしまう弱い私だけど、本当に私が心の底から欲するものは何か、どんな人間としてどう生きて行きたいかにきちんと耳を傾けられるようにする。それが今年のチャレンジ。

大学時代に好きだった教授が川の上に掛っている橋に腕一本だけでしがみついている夢をよく見る、そういう心境で学問に当たっていると思う、と笑い話のように言っていた。それ以来そのイメージがずっと頭にある。人生は高みに向かって努力していく、というよりは何かにしがみついているようなものなのかも、と思う。しがみついた手を離してしまうものは常に自分であって他ではない。もういいかな、という囁きであって突風ではない。まだ、しがみついていたいと思う。涼しい顔をして一生しがみついていきたいと思う。

新しい年をこんなにワクワクした気持ちで迎えられる自分は幸せだ。いい年にしよう。そして世界中の人みんなが少しでもワクワクできますように!

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by nanacorico0706 | 2011-01-12 07:54 | つれづれ

コミュニティベースの社会投資ファンドを作れないか、と妄想している。

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コミュニティベースの社会投資ファンドを作れないか、と妄想している。今のインパクトインべスティングは基本的に先進国でファンドを作ってお金を調達して、世界中の社会企業に投資して、投資資金+利益が先進国のファンドに戻ってくる、という形。この先進国→途上国⇒先進国のお金の流れをローカルでグルグル回る、に出来ないか、というのが妄想。

アキュメンでインターンをしてたとき腑に落ちなかったのが投資資金はともかく、そこそこ高いリターンもニューヨーク本部へ戻っていくことだった。5年間で投資IRR18%前後、という投資があって、まあパキスタンというカントリーリスクとベンチャーってことを考慮すれば決して高くないけど、決して低くもないぞ、という印象。これだけの利益がごっそりアメリカに戻っていく。

何が腑に落ちなかったというと。

1.利益率高くするほど消費者価格が高くなりがち。住宅事業においては明らかに相関性があった。事業計画の時点でIRR○%、と織り込むわけなので、この利益率を達成できるような価格設定、コスト調整が課される。普通のマーケットで戦っている住宅事業者だったら当たり前に住宅の市場価格との兼ね合いでキャッシュフローを作っていくわけだが、BOPビジネスはそもそもマーケット価格、なんてものはない。安価に出来れば出来るほど貧しい人に届く。どこまで価格を下げるかは事業者の気合いとコミットメントだ。だからこそ、IRRゼロだったらもっともっと安くできて、もっともっと貧しい人にもリーチできるのに・・・と歯がゆい思い。

そもそもなぜアキュメンが「そこそこ」の利益率を投資先に求めるのか。ベースラインとしてあるのは、投資先の社会企業にゆくゆくは「Patient Capital」ではなく、従来の投資家に投資してもらえるようになってほしい、という方針。アキュメンの出すお金はスタートアップの支援段階のみを前提としていて、事業が軌道に乗ったらマーケットレベルの利益率を求めてくる投資家からお金を調達する、というのが理想型なのだ。となるとマーケットからあまりにも乖離した利益率では投資出来ない。願わくばマーケットレベルと同等の利益率で投資して、通常の投資家の呼び水としたい、という想いもある。結果、出来る限り高めの利益率を設定しようというインセンティブも働く。

2.現地でお金が循環しない。立ち上げたばかりの社会企業が一生懸命創り出した利益をもし自国内で、もしくは地元の経済に還してあげることができたら、もっと経済効果出るんじゃないか、と思った。社会投資なのだからもちろんアキュメンに返った利益はどこかで違う社会企業の為に使われる、それは素晴らしい。ただ、お金の流れだけ見ると多国籍企業の対外投資とあまり変わらなくて、投資先のローカルな経済へのインパクトが限られている。



もし、一定の大きさのコミュニティ内で社会企業に投資するファンドを作って、出資先企業は毎年税後利益の最低半分をファンドにプールすることにしたらどうだろうか?参加企業は、新規投資のニーズがあればファンド内で決めた低い利率でファンドからお金を借りることができる。インフラ整備や人材育成のような参加企業全体の利益になるプロジェクトにも資金拠出出来るようにすれば投資の効率も上がる。もちろん、最初の最初は外部からの立ち上げ資金援助が必要だろうけど一度循環し始めれば追加で外部資金の投入は要らなくなる。マーケットレベルの利益率を求める投資家におカネを返す必要が無いのでその分商品やサービスの価格を抑えられる。投資資金も生み出された利益も地元の経済に循環していく。

根源的には、先進国主導で社会投資のフレームワーク作りが進んでいる現状に違和感たっぷり、なのだ。ごく一部のImpact Investors達が投資指標を開発したり、ファンドスキームを考えたり、投資先を選んだり。重要なステークホルダーであるはずのおカネの受け手である社会企業、末端の受益者である途上国のコミュニティは一切議論に参加出来ない。寄付ではなく投資を、なんて聞こえはいいが結局先進国のおカネへの依存という意味では両者大差無いのではないか。現地の人が立ち上げて現地の人がルールを決めて、現地の人が運用する社会投資ファンド、出来ないだろうか?
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by nanacorico0706 | 2010-12-22 13:48 | つれづれ


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