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旅の途中



マルセルモース 『贈与論』


マルセルモース 『贈与論』_a0158818_22324720.jpg 文化人類学をかじった人にとっては古典中の古典、贈与論。大学院の授業で読んだ時は膨大なリーディングの量に発狂しかけてた時期でちゃんと読み込めなかったので日本語で再読。面白かった!!

内容については既に色んなところで紹介されているけど共同体間における贈与行為を通した一種の経済活動が市場経済よりももっと普遍的広範囲に発達していたことを「未開社会」の研究を通して明らかにするもの。自給自足→物々交換→貨幣経済みたいな単線的発展観に基づく社会学のアプローチに疑問を投げかけている。

例えばメラネシアではあるモノが部族から部族へと海を超え何十年という時を超えて受け渡され、もともとの所有者に戻ってくるkulaという一大贈与プロジェクト的なものが行われていたとか。わたしたちから見れば未開社会にしか見えないこの地域でグローバル経済顔負けの島を超え言語の違いを超えた極めて複雑に発達した交換の体系が成り立っている。

こういった贈与経済の仕組の面白さはその「複合性」「雑種性」にある、とモースは言っている。それは法的であり経済的であり神話的であり象徴的であり道徳的であり宗教的である。つまり、全てを包含している。モースの言葉でいうと「全体的」なのだ。

贈与、もしくはGiftというと現代人の感覚からすれば純粋な倫理・道徳観に基づいた慈善を思い浮かべがちだが、モースが取り上げた贈与行為はもっと複雑。有名なポトラッチは自らの部族の豊かさを示し社会的価値を上げる為に、受けた贈与を超える贈与を返すという相互行為が延々と繰り返される。お互い相手を上回るものを返すわけだから必然的に贈与は豪奢を極め、どんどんエスカレートし、最後には部族ごと滅ぶに至ることもあったとか。それは競争に勝ち権威を保つための打算ともらったら必ず返さなければならないという義務感とがないまぜになった行為。

贈与は義務感と自由意思、俗っぽい打算と高貴な道徳観の混成体なのだ。
考えてみれば私の今いる業界は贈与経済に見られたような「雑種性」に溢れていないだろうか。
たとえばCSR、なんとなくやらなきゃ、みたいな社会的要請に基づく義務感とともに本当に活動に共感して熱い想いで起こす行動もある。コーズマーケティングで利益上げたい!と言う一見打算的な担当者が、実はその社会課題を真剣に憂えていて会社として何かやらなければ、という正義感に燃えていたりするものだ。

CSRなんて結局は利益を上げるためのポーズに過ぎない、という主張は正しくもあり誤りでもある。それはあらゆる目的や意図が入り混じった企業とそのステークホルダーの相互行為・交換行為・交易行為なのかもしれない。そうあるべきなのかもしれない。

寄付文化の醸成ということを考えた時にもよく思うのは利己性と利他性が混じり合うくらいがちょうどいいのではないかということ。たとえば全国に託児所を作ってくれているNPOに寄付するよりは自分の毎日使う駅前に「皆さんの寄付が5百万円に達したらここに託児所作ります!」という寄付コーナーが設置されたほうが寄付しやすいのではないか。駅前託児所に寄付することは、倫理的に良い行為だからやろう、という想いと、いつか自分に子供ができたら託児所あると助かる、という利己的な想いとのミックスだったりする。寄付してくれたら出来たお野菜を差し上げます!みたいな特典付きクラウドファンディングのシステムも利己と利他の雑種だったりする。

今手放すものが中長期的(もしくは超長期的)には帰ってくるかもしれない、というような期待をもったことでそれはもはや寄付という倫理的行動の範疇を超えて価値の交換の可能性をはらんだ経済活動ではないか。Kulaが大きな大きな環を描いて持ち主に戻ってくるように、「自分のもの」と「他人のもの」のボーダーが曖昧になるような感覚に近い。それは時空を超えた想像力が支える感覚。

私は自分が身を置いているいわゆる「非営利セクター」なるものが近い将来ビジネスセクターを食う新しい経済活動の担い手になっていくと思っている。それはソーシャルビジネスがGDPの成長に寄与するとか投資家の期待するリターンを生むようになっていくとかいうことではなく、これまでの市場経済とは違う新たな経済活動のフィールドを作り、おカネと人材を吸いつけていくセクターにまで育っていくと思うのだ。

そのセクターはもしかしたらモースが未開社会で行きついた「全体的」な社会に近いのかもしれない。それは従来の寄付や助成の生んだ一方通行の依存関係や関係性の断絶とは違う。近代以降の投資や会社経営の商慣習が生んだ独占的で過度に合理的な関係性とも違う。一種の緊張感のある相互依存の関係性、長期的に向き合う交易的関係性。

明日からソーシャルファイナンスのメッカ、イギリスへ行く。アメリカとはまた違った長い歴史に育まれたギフトエコノミーに存分に浸かってきたい。
by nanacorico0706 | 2012-03-25 22:34 | 読書
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2年間の米国留学生活をゆるゆると綴ります・・・

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